本日は信託の活用について確認していきます。
以前のお役立ち情報「遺言書の必要性について」にて、経営者にもしものことがあった際に想定されるリスクとして、自社株の相続がスムーズにいかなくなるケースがあり、遺言書を作成してそれに備えましょうとお話しをしました。実際に遺言書を書くには、後継者に自社株を集中させる対策や遺留分侵害についての対策を考慮した事業承継の計画を立てる必要があり、時間がかかることが想定されます。また現経営者が高齢の場合は、認知症のリスクも出てきます。この場合は自社株が凍結されてしまい、経営の継続性が保たれなくなってしまいます。これらのことを想定したリスクの回避策として活用できる方法が信託になります。
信託とは
信託とはどのような制度なのでしょうか。まず、信託の定義について確認してみます。
信託の定義
「信託」とは、「自分の大切な財産を、信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらう」制度のことです。
引用:信託協会 「信託について」
信託といえば、信託銀行のことを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。信託銀行は個人や企業などが持つ財産を信託契約により管理・運用します。後ほどご説明する商事信託となり、有料で受託します。一部の銀行がCM等でプロモーションしていますが、一般的にはなじみが薄いと思います。
信託の仕組み
それでは信託の仕組みについて見ていきましょう。
信託は「委託者」「受託者」「受益者」の三者間で組成されます。
- 委託者:財産管理や運用の信託を委託する人。財産の最初の持ち主。
- 受託者:委託者から財産の管理・運用を託された人。信託の目的に沿って財産を管理・運用をします。
- 受益者:財産の管理・運用による利益を得る人。委託者自身が受益者になれます。
つまり信託とは、委託者が自分の財産を信頼できる受託者に託し、受託者は信託目的に従って、受益者のために、その財産(信託財産)の管理・運用などをする制度です。
信託に関しては専門用語がありますので、それについても確認していきましょう。
信託受益権とは
信託財産から生じる利益を受取る権利をいいます。この信託受益権には2種類存在します。
収益受益権・・・信託財産の管理・運用により発生する利益を受ける権利
元本受益権・・・信託財産自体を受ける権利
※相続税法基本通達 9-13に記載されています。
※第9条((その他の利益の享受))関係にも記載されています。
この2つは別々の権利として移転させたり、移転の時期や順番を決めることができます。
指図権とは
指図権とは受託者に信託財産の管理・処分等の指図ができる権利のことです。その権利を持つ者を「指図権者」と言います。
例えば、家族信託を考えてみます。委託者が信託契約の締結すると、その時点で受託者に託した信託財産の管理・処分権限が受託者に移転することになりますが、指図権を委託者に付与しておくことで、元の所有者である委託者が受託者に対して、信託財産の管理や処分等について指図ができるようになります。事業承継においては、自社株式を後継者に受託させても、現経営者が指図権としての議決行使権を自分が持っていることで、従来通り経営の主導権を持つことができます。
信託の種類について
信託には「商事信託」と「民事信託」の2つの種類があります。
商事信託とは
商事信託は信託銀行や信託会社が財産の受託者となり、委託者の財産の管理・運用を行う、営利目的の信託です。営利目的で行う金融サービスであるため、受託者である信託銀行や信託会社に対して、信託報酬を支払う必要があります。また、限られた種類の資産を、限られた目的のために信託する場合が多く、未上場株式の信託は未対応なところもあり、柔軟な資産管理ができないのがデメリットです。商事信託を行う信託銀行や信託会社は、信託業法による免許や登録が必要です。
民事信託とは
民事信託は信頼できる家族や親族などが受託者となり、本人に代わって財産の管理・運用を行うもので、商事信託と違い非営利目的の信託です。一般的に家族で利用されることが多いので「家族信託」と呼ばれます。主に子供などの親族が受託者になるため、通常は無償の場合がほとんどですが、契約内で定めた場合、受託者が信託報酬を受け取るケースもあります。家族信託なら目的に合わせた柔軟な内容設計がしやすく、未上場株式も信託できるのがメリットです。
信託による課税について
信託を利用した場合の税金について確認しましょう。
信託における税金は、信託の設定時、管理・運用時、終了時の3つに整理して確認します。
信託の設定時
委託者から信託された財産(信託財産)の所有権は受託者に移転し、受託者が信託財産の所有権を有することになります。信託財産は受益者のために管理・運用され、信託財産から生じる収益は受益者が受け取ります。つまり、信託財産の実質的な所有者は受益者となります。
委託者≠受益者の場合(他益信託)
委託者とは別の人が受益者になる信託を「他益信託」といいますが、この場合、受益者に対して贈与税が課税されます。
委託者=受益者の場合(自益信託)
委託者と受益者が同一人物の信託を「自益信託」といいますが、この場合、実質的な所有者は変わっていないので、贈与税などは課税されません。
信託している期間中
収益発生時に受益者に直接所得税(不動産所得、雑所得、利子所得、配当所得)などが課税されます。
信託の終了時
信託が終了すると、信託財産は受益者に渡されます。
委託者=受益者の場合(自益信託)、信託財産の実質的な所有者は変わっていないので、贈与税や相続税は課税されません。
委託者≠受益者の場合(他益信託)、信託設定時に贈与税が課税されているので、自益信託と同様、贈与税や相続税は課税されません。
受益者以外の人が信託財産を受け取る場合には、その人に対して贈与税あるいは相続税が課税されます。
事業承継における信託について
冒頭の説明の通り、自社株の承継を円滑・確実に行いたい場合や、認知判断能力低下への対策として活用される事例が多いです。具体的な事例をご紹介します。
後継者に配当など取得させ経営権は維持する「他益信託」
後継者を受益者として、委託者である現経営者は引き続き経営権を維持しつつ、配当などを受益者である後継者に取得させるものです。
死亡などによる信託終了時には、後継者が自社株式の交付を受ける定めにしておけば、後継者としての地位を確立させることができます。また、信託終了の時期は、現経営者の意思に沿った柔軟な設計ができ、スムーズな事業承継が可能となります。
相続発生時に後継者に受益権を移動させる「遺言代用信託」
現経営者を委託者兼受益者として、相続発生時に後継者が受益権を取得する信託の設定です。あらかじめ、現経営者の相続発生時に後継者が受益権を取得する旨を定めることにより、後継者の地位を確立することができます。また、後継者は現経営者の相続開始と同時に受益者となるで、経営の空白期間を作ることなく、円滑な事業承継が可能となります。
相続発生時に信託を終了させ後継者に自社株を交付させる「帰属権利者型信託」
現経営者を委託者兼受益者として、委託者である現経営者の死亡を終了事由とする自社株式の信託を設定します。後継者を帰属権利者とすることで、現経営者の死亡時には後継者が自社株式を取得することができる信託契約です。現経営者の相続発生時に信託が終了し自社株式が交付されますので、後継者の地位を確立することができ、相続発生後も経営の空白期間を作ることなく、円滑な事業承継が可能となります。
認知症等による経営者の判断能力低下への対応について
経営者が健全なうちに、自身の意思に基づき、後継者を受託者として、議決権行使の指図権は現経営者が持ち続けながら、後継者に自社株式の管理を委ね、経営者の認知判断能力低下に向けて備えを行います。経営者の認知判断能力が低下した時には自社株式に係る議決権行使の指図権を後継者に移転することで、万が一の事態に対応します。
経営者の相続発生時には、信託契約に基づき、遺産分割協議を経ず後継者へ速やかに自社株式を交付することが可能なので、経営に空白期間を生じさせない事業承継も可能です。
※上記の「遺言代用信託」「帰属権利者型信託」の活用
本日のまとめ
信託を活用することで、もしものことに備えられることが確認できました。あくまでも後継者が決まっていることが前提となりますが、非常に有効な手段となります。信託を設定することで事業承継に向けての時間をつくることができますので、この時間を活用して、自社株式の株価対策や相続税の対策など、スムーズな事業承継の実現に向けて進めることができます。
さいきコンサルティングでは、伴走型で事業承継のサポートを行います。
広島における事業承継に関わるご相談は、お気軽にお問い合わせください。
次回は、保険の活用について確認していきます。
それでは、また。
- この記事を書いた人
- 中小企業診断士/事業承継士
- ソニーの国内販売会社に38年間勤め、営業・マーケティング・マネジメントに携わる。量販本部担当を12年するほか、ソニーショップの経営支援などを行う。2021年より「さいきコンサルティング」を開業。
さいきコンサルティングでは、事業承継に関わるご提案および解決に向けて伴走型で支援をしていきますが、弁護士、税理士などの独占業務など、業法に抵触する職務をすることはありません。