前回は株価対策として、株式発行数を増やすことで株価を下げる手法として、中小企業投資育成株式会社による出資の受け入れについて確認しました。本日は、この方法と同等の効果をもたらす対策として、従業員持株会による方法を確認します。
中小企業投資育成株式会社の出資は厳しい審査が必要でしたが、従業員持株会においては審査が必要ないため、手間と工数はかかりますが、どんな会社も取り組める方法となります。
従業員持株会とは
従業員持株会とは、従業員が自社の株式を共同で買い取る制度です。従業員から会員を募り、毎月の給与や賞与などから拠出金を集め、また会社から奨励金の支給を受けたりして、それにより自社株を共同購入します。従業員は拠出金額に応じて持分が配分され、配当金を受け取ることができます。また、株主の権利として、経営に参画する権利も発生します(株式に議決権がある場合)。
メリットとデメリット
従業員持株会を設立するには、手間と工数が多々かかりますが、これ以外のメリット・デメリットをまとめると、下記の通りとなります。十分検討に値すると思われます。
状業員持株会のメリット
<従業員側から見たメリット>
- 奨励金が付与される場合、時価で買うより安い価格で自社株を購入できる ※1 ※2
- 株式を少額から購入できる
- 中長期的にみた資産形成が行える
※1 給与所得として扱われます
※2 厚生年金保険・健康保険・労働保険・雇用保険等を算定する基準賃金には含まれません
<経営者側から見たメリット>
- 福利厚生制度の充実が図られ、社員の採用や定着につながる
- 安定した企業の経営が行える
- 従業員の経営への参画意識が高まり、モチベーションアップになる
- 自社株を従業員持株会に移転することで相続資産を減らすことができる
- 自社株の外部への流出を防げ、会社の株主構成が安定する
従業員持株会のデメリット
<従業員側から見たデメリット>
- すぐに売却したくてもできない
- 会社の業績が悪化した時のリスクが高くなる
<経営者側から見たデメリット>
- 経営が厳しい状況でも配当を出し続ける必要が出てくる
- 業績が良い時も悪い時も、決算報告を開示する必要がある
- 退職による退会が重なると、買取資金が必要となり会社の資金繰りが悪化するおそれがある
従業員持株会の運営
持株会は、設立のために官公庁へ届出を出す必要がないため、一般的には組合の組織形態として設立されます。※3 この組合は、法人格はなく、単なる個人の集合体であるために株式の名義登録は持株会としてはできず、形式的には持株会の理事長名義とし、株券の管理を理事長に信託する方法となります。したがって株式は各社員が所有するのではなく持株会が所有し、社員株主は持株会の持分を所有する関係になります。
持株会の管理運営は、社内に置く場合と証券会社などの社外へ委託する場合があり、一般的には社外の証券会社などへ委託する場合が多いようです。
※3 民法(第667 条)上の組合として設立されます
配当金について
配当金については、「実質所得者課税の原則」に基づいて、実質的な所得は組合員に帰属するものと解されています。したがって配当金はすべて各個人の配当所得として取り扱います。※4
※4 配当所得として所得税20.42%が課せられます
従業員持株会への売却価格
未上場企業の株式は市場では取引されていないため、売却する際には、株価を算定する必要があります。従業員持株会への売却価格は、同族株主以外となりますので、例外的な評価方法となり、配当還元方式で株価が算定されます。
- 会社を支配している同族株主グループの場合・・・原則的評価方法
- その他少数株主グループの場合・・・特例的評価方法
配当還元方式の算定方法
配当還元方式は、過去2年間の配当金額を10%の利率で還元して自社株評価を算出する方法となります。一般的に、時価が高い株式でも原則的評価方式より低い株価が設定され、購入時には従業員持株会にとっては資金面の負担が少なくなります。売却する際も購入時の株価で売却するのが法令的に問題がありません。また、自社株を従業員持株会に移転することで相続資産を減らすことができます。増資として自社株を渡す場合も株式の評価が下がることで相続財産を減らすことができます。事業承継の対策としても活用できるのはこのためです。
<配当還元方式の数式>
従業員持株会設立の注意点
従業員持株会を設立する際の注意点について確認します。あらかじめ対策をしておくことで、リスクを回避することができます。
議決権の割り当て
従業員によっては権利を主張するあまり、株主総会での質問をしたり、自分の意見を発言をしたり、場合によっては反対意見まで表明する場合も想定されるため、従業員に株式を持たせたくないという経営者も多々いらっしゃいます。
これを回避するには、従業員持株会へ割り当てる株式を無議決権にすることで、議決に加えられないようにして、経営権への関与をさせないようにすることができます。その分、配当率を世間一般の相場より高めにすることで、従業員にメリットを感じさせることができ、モチベーションをあげるなど、対策を講じることができます。
株式の買取りについて
退会時に起きるトラブルとして見込まれるのが、株式買取価格の決定です。これは一定のルールに従って決定することを事前に決めておくことで回避することができます。あらかじめ、従業員持株会を設立する際は事前の承認を得て、持株会規約にこの項目を明記しておくことで回避できます。
具体的には、①買い戻す場合は取得価格で買い戻す、②買い戻す場合は配当還元価格で買い戻す、と明記しておきます。
本日のまとめ
事業承継の株価対策として従業員持株会を活用する方法については、従業員の規模により、効果がどの程度出てくるのかという点、中長期的に見なければいけないこと※5、社外に管理を委託する方法もありますが、一般的には手間と工数がかかることなど、あまり活用されていないのも現実ですが、社員のモチベーションアップによる業績アップが見込めるなど、大きなメリットもあります。事業承継を中長期的に進めていくことができれば、活用する場面も多くなるのではないでしょうか。
※5 会社が持株会に融資するなどしてまとめて購入することもあります
やはり早めに取り組むことが、円滑な事業承継につながるということが、ここでも確認できました。
広島での事業承継に関わるご相談は、お気軽に、さいきコンサルティングまでお問い合わせください。
次回は、評価方法を変える方法による株価対策を確認していきます。
それでは、また。
- この記事を書いた人
- 中小企業診断士/事業承継士
- ソニーの国内販売会社に38年間勤め、営業・マーケティング・マネジメントに携わる。量販本部担当を12年するほか、ソニーショップの経営支援などを行う。2021年より「さいきコンサルティング」を開業。
さいきコンサルティングでは、事業承継に関わるご提案および解決に向けて伴走型で支援をしていきますが、弁護士、税理士などの独占業務など、業法に抵触する職務をすることはありません。